無音の世界

中学生の時に使って以来、久しぶりに彫刻刀を手にした。

いつもブログを書いたり、何かする時には、大抵音楽をかけている。

だけど、その時だけは彫ることに集中したくて音楽がノイズに聞こえた。

音楽を消して

彫刻刀を握って

木を彫る感覚や木が削れる音に感覚を集中させた

「ジャッ、ジャッ、ジャッ」

久しぶりに出会う感覚も音も、とても心地良かった。

無音とは、音がないことだけを表現すんじゃなくて、

ノイズがなく、自分が聴きたい音だけを聴いている時も無音という言葉がなんかしっくりくる。

それに気づいてから音楽を消して日常の音に耳を澄ませてみた。

鳥のさえずりや普段気づかなかった音がたくさんあることに気がついた。

音楽で全ての音を覆い隠すこともときには必要だけれど、たまには日常の音に気づくことも必要なんだと思う。

音楽は日常の音をなくす、ある意味、音のフィルターだ。

自分の目・耳・鼻から入ってくるどれくらいの情報がフィルタリングされていない生の情報なんだろうとフッと思った。

多くの情報から、必要な情報をピックアップして、自分は正しい判断をできているのか?

さらには情報を自分の中で勝手にフィルタリングしていないか?

今まで自分が判断してきたことの確からしさが知りたくなった。

自分をニュートラルにする方法を持っておくのは、それに有効なんだと思う。

僕にとって彫刻刀で何かを彫ることが、その方法なのかもしれない。

今日も最後までお読み頂きありがとうございます。

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