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恥もプライドも自分が投影する自分だと気がつくことが大切。実は自分で自分を苦しめているという視点

恥とは何か?

自分が、思い描いた理想の自分からかけ離れた自分に劣等感を感じる時に起こる感情が恥である。

ではプライドとは何か?

自分が、周りからこう見られたいという感情がプライドである。

これら2つの感情の主語は誰だろうか?

一目瞭然“自分”だ

他者が自分をどう思っているのかなんて、本人以外絶対に分かりようがない。

それなのに人は、勝手に自分で、相手が自分をどう見ているのかを決めつけようとする。

例えば、

私はまだ前のシーズンの服を着ているから周りは“きっと”自分のことをお金がないとか、センスないって思ってるんだろうなあ。

あるいは

僕はみんなができなかったプロジェクトを全部1人でやり遂げたから同僚からは仕事ができる人として認められているに“違いない”

これからは全部自分で考えて、相手がそう思っているだろう、あるいはそう思っていてもらいたいということを押し付けた考え方である。

では自分が思われたい/思われたくない自分に対して、感情が入るとどうなるだろうか?

流行遅れの洋服着ている自分が“恥ずかしい”

あるいは

自分はこんなにできるのになんで周りは自分を認めてくれないだ!“プライド”が傷つけられた

周りがこれぽっちもネガティブな感情を持っていないにも関わらず、

“自分の価値観を自分に押し付ける”ことでこんなにも世の中が生きづらい世界になってしまう。

恥やプライド(自信)といった感情は、絶対に自分から分離する事はできない。なぜなら感情は人が必要とするからこそ備わったものであり、生きることと密接に関係している。詳細はここでは割愛するが、生き抜く中で、恥も自信も必要だった。

しかし、時代は変化し、恥や自信という感情は今の時代に合わなくなったのに、人はずっと持ち続けてしまっているから世の中が生きづらいものになってしまう。

前述したように感情は絶対に自分から切り離す事は出来ない。

では、恥やプライドといった感情をどうすればいいのか?

恥やプライドは自分が自分に押し付けた感情である。

自分がそう思われたいという感情の裏には、満たされていない自分がいるので、そんな自分を認めて、自分で自分を満たしてあげる必要がある。

自分で自分を満たしてあげられれば、誰かに自分を満たしてもらいた感情も自然と薄れて、いずれ恥やプライドとい感情を感じなくなると思う。

自分で自分を生きづらくしていることに気づき、自分を認めて満たしてあげる、そして頑張っている自分に感謝して、次の一歩を踏みだすきっかけになればと思う。

今日も最後までお読み頂きありがとうございます。

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